Leonard-Barton, D. (1992). Core capability and core rigidities: A paradox in managing new product development. Strategic Management Journal, 13(S1), 111-125. ★★☆ 【2011年6月29日】【2013年5月8日】

 フォード、チャパラル鉄鋼、ヒューレット・パッカード(HP)、某化学会社(Bowen et al. (1994)によれば、実はコダック)、某電子機器会社(実はDEC)の5社の20の開発プロジェクトのケースをもとにして書かれている。5社のコア・ケイパビリティに対する各開発プロジェクトの適合度(degree of congruence またはdegree of alignment)なども見て(p.115表2)議論しているが、そもそもこの論文では、コア・ケイパビリティは「伝統的(traditional)」と一緒に用いられることが多く、「伝統に縛られている」ことをコア硬直性と呼んでいるのであれば、特に目新しいものはない。

 後半のコア硬直性の議論は、プロジェクト・マネジャーがどんな地位の人なのかで、イメージがかなり変わってくる。p.119右上の記述を見ると、全員ではないだろうが、部門長を本務とした人が、プロジェクト・マネジャーを兼務している、というイメージらしい。なので、p.122冒頭のように、問題(論文では「パラドックス」と呼んでいる)処理に、(1)プロジェクト廃棄、(2)伝統回帰、(3)部門転換、(4)分離、という4方法が観察されたのであろう。まさに、本務の伝統に縛られて開発プロジェクトがうまくいかないことがコア硬直性ということになる。

 論文末の謝辞(acknowledgements)で予告されていた本は、下記のようにタイトルが変わってBowen et al. (1994)として出版されている。

Bowen H. K., Clark K. B., Holloway C. A., & Wheelwright S. C. (eds.) (1994). The perpetual enterprise machine: Seven keys to corporate renewal through successful product and process development. New York, NY: Oxford University Press.


【以下は、次の論文pp.420-421からの抜粋です】
高橋伸夫 (2011)「殻 ―(3)「殻」にしがみつく―」 『赤門マネジメント・レビュー』10(6), 419-440. PDF

 レナードバートン(Dorothy Leonard-Barton)は、組織のコア能力(core capability)に対して、その裏のB面 としてコア硬直性(core rigidity)の存在を指摘している(Leonard-Barton, 1992)。コア能力はかなり漠然としたコンセプト で、あえて定義すれば「競争優位を区別して、それをもたらす知識セット」(Leonard-Barton, 1992, p.113)ということになるのだろうが、それに対して、そのB面(flip side)としてコア硬直性がある(Leonard-Barton, 1992, p.118)としてしまうと、ますます漠然としてしまう。

 昔のアナログ・レコードのA面/B面のたとえは、私のような世代の人間には懐かしい限りだが、音楽CDしか知らない若い世代にはピンとこないかもしれない。アナログ・レコード、あるいはたんにレコード(record)は、樹脂製の円板で、表面に螺旋状に刻んだ溝があり、その溝の壁面の凹凸で音声や音楽などを記録したものである。レコードから音を再生するには、レコードの中心に開いた穴で中心を合わせて水平のターンテーブルに置き、決められた速度でレコードを水平に回転させながら、溝に針を当て、溝の壁面の凹凸が針に与えた振動を音として拾うことになる。1枚のレコード円板は両面を使うことができ、A面/B面と呼ばれた。回転速度は、初期には毎分78回転(SP: standard playing)だったが、後に、毎分33 1/3回転(3分間で100回転; LP: long playing)が開発され主流となった。直径30cmのLPレコードで約30分収録でき、アルバム用に使われた。これとは別に、もともとジュークボックス(オートチェンジャー)用に開発され、A面/B面に1曲ずつ収録する(片面の収録時間は約5分)毎分45回転の直径17cmのレコードもあり、オートチェンジャー用に真ん中の穴が大きくてドーナツに似ているので、「ドーナツ盤」と呼ばれた。ドーナツ盤も家庭用のレコード・プレイヤーで再生することができた。ドーナツ盤は、片面1曲ずつなので、シングル盤とも呼ばれ、ヒットを狙ったタイトル曲はA面に入れ、おまけ的なカップリング曲はB面に入れた。両面共にヒットを狙った場合には「両A面」と呼ばれ、この言い方は、片面にしか記録しないCDシングルでも継承されている。

 本稿の読者であれば、ここですぐに「殻」を連想してくれると思うが、注意してほしいのは、正確に言えば、「殻」は、プラス面を考えた時でも、自分自身(組織自身)の能力のようなものを指すのではなく、あくまでも自分(組織)を何かから保護してくれる物であり、それゆえ、それに、ひきつるように護符のごとくしがみつくのである。

 ここにコア硬直性を理解する大きなヒントがある。つまり何かを「これこそ自分たちのコアだ!」と、「ひきつるように護符のごとくしがみつく」行為自体が、硬直性そのものなのである。したがって、それが競争優位につながっているかどうかに関係なく、「コアだ」という認識には硬直性がつきまとう。ここが重要なのだ。

 すなわち、良し悪しの価値判断とは無関係に(=良い面/悪い面ではなく)、あくまでもA面/B面の関係なのであり、常にB面では硬直している姿しか見えないのである。もちろん、そのしがみついているもののA面が競争優位をもたらしているときには、それが錦の御旗となって、硬直性は言い訳が立ち、問題視されない。しかし、A面が競争優位をもたらさないとわかったとき、硬直性の言い訳が立たなくなり、問題視されることになる。この硬直性と言い訳は、組織生態学の議論でも登場する。ハナン=フリーマンは、パフォーマンスの分散が小さく(それを信頼性(reliability)と呼んでいる)、かつ説明責任(accountability)を果たせる組織が淘汰に生き残り、その結果として、構造的慣性(structural inertia)の高い組織が淘汰に生き残ると考えている(Hannan & Freeman, 1984, Assumptions 1-3 and Theorem 1)。

 たとえば、レナードバートンが、コア硬直性として挙げている例: ハードウェアの優秀さで売ってきたコンピュータ会社はアプリケーション・ソフトウェアにあまり注意を払わない(Leonard-Barton, 1992, p.119)……とかいった話は、確かに硬直しているのだが、それ自体が、良いとか悪いとかいう話ではない。前回のT型フォードの話のように、会社にとってプラスに働いているときもある。しかし、「優秀なハードウェア」(明らかに組織能力、コア能力ではないことに注意; 「殻」の方がぴったりくる)に護符のごとくしがみついているうちに、豊富なアプリケーション・ソフトウェアで勝負する時代になってしまったら、いかに「優秀なハードウェア」でも売れなくなることは目に見えている。そして、「優秀なハードウェア」にしがみついている硬直性が問題視されるようになるのである。


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