Merton, R. K. (1940). Bureaucratic structure and personality. Social Forces, 18(4), 560-568.

【Merton (1940)を所収】
Merton, R. K. (1957). Bureaucratic structure and personality. Social theory and social structure (Rev. and enl. Ed., ch.6: pp.195-206). New York, NY: Free Press.
邦訳, ロバート・K・マートン (1961). 「ビューロクラシーの構造とパースナリティ」『社会理論と社会構造』(pp.179-189). (森東吾, 森好夫, 金沢実, 中島竜太郎 訳). みすず書房.


 マートン(Merton, 1940)は、官僚制の特質の一つとして、人間関係の非人格化(depersonalization of relationships)を挙げている。職員は出来るだけ人格的関係(personal relations)をもたないようにし、範疇化をするので、個々のケースの特殊性がしばしば無視される(Merton, 1940, pp.565-566 邦訳p.186)。ここで範疇化(categorization)とは、個々の問題や事例を基準に基づいて分類し、それに従って処理することである(Merton, 1940, p.561 邦訳p.180)。こうした傾向は、官僚制では、職員(official)が選挙ではなく、上司による任命か非人格的(impersonal)競争を通じて任命され(Merton, 1940, p.561 邦訳p.180)、規律ある行為と服務規程遵奉のインセンティブとして、勤続年数による昇進、年金、年功賃金が設計されている(Merton, 1940, p.564 邦訳p.184)ことで可能になり、強化される。

 マートンによれば、官僚制はこうした人間関係の非人格化が特徴で、職員は人格的関係を最小にし、範疇化によって個人的行為を防いでいる。顧客側は個人的で人格的な扱いを望んでいても、職員側は非人格的な扱いをするのが基本で、顧客個人の特質にかまわず、単純な範疇が厳格適用される。その範疇に異議を唱えていいのは組織上位層だけである。それに対して顧客の方は、自分自身の問題は特殊だと確信していて、個人的で人格的な扱いを望んでいるために、官僚制の職員と顧客との間で悶着(conflict)が起こる。しかし、非人格的な扱いをしなければ、えこひいき等々の非難が必ず起こる(Merton, 1940, pp.565-567 邦訳pp.186-188)。

 こうしたマートンの議論はマーチ=サイモン(March & Simon, 1993, ch.3)でマートン・モデルとして大きく取り上げられ、有名になった。たとえば、非人格化の話では、マーチ=サイモンも、別の顧客がその顧客のえこひいきの犠牲になっていると知覚し、米国文化の「平等扱い」重視がこの知覚を助長するので、顧客の求めに応じて上位職員が改善行為を指示すること自体が間違いかもしれない(March & Simon, 1993, p.59 邦訳p.53)とまで書いている。意外かもしれないが、官僚制は悪い意味で用いられる用語ではないのである。官僚制というと「お役所仕事」「硬直的」のイメージがつきまとうが、言っていることは当たり前のことである。役所でも会社でも、「もっと柔軟に対応しろ!」と担当者を恫喝する人は、要するに「自分だけ特別扱いしろ」と言っているわけで、そんなある種の暴力を封じるために、官僚制は存在しているのである。

 ただし、何事も程度問題であり、あまりに硬直的だと逆機能(dysfunction; 機能不全、機能障害)と批判されてしまうのもまた事実である。マーチ=サイモンも、こうしたマートンの議論が、官僚制組織における逆機能的組織学習を扱ったものだと主張している。すなわち、図1のように、組織メンバーが反応を学習し、それが適切だった状況から他の類似状況に一般化して適用すると、組織の予期しない望まない結果に終わるという話だというのである(March & Simon, 1993, p.56 邦訳pp.49-50)。果たして、そうだったのだろうか。ここに紹介したマートン自身による官僚制の記述は、分かりやすく納得性があるが、マーチ=サイモンによるマートンの紹介は我田引水で意味不明な点や疑問点が多い。たとえば、こうした官僚制の特質から生じる組織メンバーの行動の高度な予測可能性のことをマーチ=サイモンは参加者の行動硬直性(rigidity of behavior)と理由もなく言い換えてしまうが(March & Simon, 1993, p.58 邦訳pp.51-52)、これは論理的誤謬ともいえる明らかな論理の飛躍で、一般的な意味での硬直性ではない。


図1. 官僚制の逆機能モデル
(出所) March and Simon (1993) p.56, Figure 3.1。

 ただし、マーチ=サイモンが、意思決定手法としての範疇化の使用について整理している部分は、特筆に値する。意思決定には、範疇化を使用するものもしないものもあるが、実は、どんな状況でも、範疇化は思考の基礎であり、範疇化では、個々の問題や事例を基準に基づいて分類し、各分類に伴う代替案を実行するので、代替案探索を抑えることができる。しかも、@使用範疇を比較的少数に限定する傾向、A適用可能な範疇を探索してその中から選択するよりも、むしろ形式的に適用可能だった最初の範疇を押し当てる傾向がある。そのため、範疇化を使用する意思決定の割合が増えれば、代替案探索量は減少することになる(March & Simon, 1993, p.58 邦訳p.51)。このことは、マーチ=サイモンのルーチンやプログラムの議論へと直結する。


Handbook  Readings  BizSciNet

Copyright (C) 2017 Nobuo Takahashi. All rights reserved.