Takahashi, N., Goto, T., & Fujita, H. (1998). Culture’s consequences in Japanese multinationals and lifetime commitment. Annual Bulletin of Japan Academy of International Business Studies, 4, 60-70.  ダウンロード

 ホフステッドのIBM調査(Hofstede, 1980)との比較を目的として、1996年1月から3月にかけて、コンピュータの分野で日本を代表する大手電機メーカーF社、N社、T社の3社でIT96 (Information Technology 1996)調査が行われた(高橋, 1997, ch.3)。対象は各社の情報処理部門及び各社が日本国内にもっている情報処理関連子会社に所属する情報処理技術者である。調査は質問調査票を用い、留置法によって行われた。調査対象になっている情報処理技術者とは具体的には、次のような職種についている者である。

  1. プロジェクト・マネジャー、または他の管理的職種
  2. アプリケーション・エンジニア、プロダクション・エンジニア
  3. システム・アナリスト、システム監査技術者
  4. ネットワーク・スペシャリスト、データベース・スペシャリスト
  5. プログラマー
これら以外の職種に就いている者からの調査票も若干名から回収されたが、集計、分析からは除外されている。

 調査対象に情報処理関連子会社の従業員まで含めたのは、日本のコンピュータ・メーカーは、そのソフトウェア開発のかなりの部分を本体から分離して子会社や関連会社に切り出しているためであり、実際F社、N社の場合には、会社本体で実際に情報処理技術に携わっている者の数は驚くほど少なくなっている。またIBM調査では多国籍企業としてのIBM全体を調査対象としているために、米国本国を除いては、現地法人すなわち現地子会社が調査対象であったことを考えると、子会社を含めることは、比較の際にはむしろ適切に思われる。

 調査対象となったのは、F社285人、N社630人、T社399人の計1314人で、回収されたのはF社215人、N社438人、T社369人の計1022人、全体の回収率は77.8%であった。  今回、分析に用いられるのは、権力格差指標PDIと不確実性回避指標UAIの二つで、ホフステッドの質問がそのまま調査票で用いられた。このうち、質問A54&A55については1970〜1973年版が用いられた。また、(c)個人主義化と(d)男性化については、ホフステッドは仕事の目標に関する14の質問に対して、因子分析を使って決めた重み係数で合成得点を計算しているのだが、その合成得点の正確な算出式は明らかにされていない(Hofstede, 1980)。そのため、この2指標についてはここでの分析から除かれている。そこで、F社、N社、T社の3社(正確には3グループ)について、それぞれ権力格差指標PDIと不確実性回避指標UAIを求め、ホフステッドのIBM調査の結果と重ね合わせてプロットしてみると、図3が得られる。


図1. 不確実性回避指標と権力格差指標(IT96調査)
(出所) Takahashi, Goto, & Fujita (1998) p.63, Figure 1。Hofstede (1984), p. 214, Figures 7.2を通常の軸に直して簡略化した上に、IT96調査の日本企業3社(F社、N社、T社)を重ねてプロットしたもの。

 一見してわかるように、日本企業の3社、F社、N社、T社は、互いに違いはあるものの、IBM本体・子会社の40ヶ国の分布の中にプロットすれば、ほとんど同じ所に位置付けられるということがわかる。3社全体の平均で、PDIが95、UAIが79であった。つまり、さきほどの言い方を借りれば、日本の国民文化の強さを表している調査結果だといえるのかもしれない。その四半世紀前の日本IBMの調査結果と比べても、不確実性回避指標UAIではほとんど同じである。言い換えれば、日本企業の間には、組織文化的に見て類似点があると思われるのである。特に不確実性回避指標UAIが高い値をとる理由として重要なことは、「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率が、3社全体の平均で20.85%しかないということである。そのことからすぐに連想されるのは「終身コミットメント」の存在なのである。

 実は、F社、N社、T社のうちの1社についてだけは、まだ予備調査段階であるが、英語の質問調査票が使える国だけに限定した形で、米国、カナダ、英国、アイルランド、タイ、シンガポール、香港、マレーシア、フィリピンの9カ国の13現地法人のエンジニアを対象にして1996年12月から1997年1月にかけて、調査を行っているので(回収計770人、回収率53.4%)、調査の規模の点では必ずしも十分ではないが、参考のために、そのデータを使って比較をしてみよう。その結果は、まずPDIの平均は71、UAIの平均は28で、F社、N社、T社の日本国内の平均、PDIが95、UAIが79と比べて、かなり異なることがわかる。そして「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率の平均は57.04%にもなっていたのである。

 ホフステッドの分析では、こうした各質問項目に遡った分析や結果の紹介は行われていない。ただし、邦訳の原典にもなっている1984年に出された要約版(Abridged edition)では割愛されてしまっているが、1980年版の Appendix 2 (Hofstede, 1980, pp.411-413)には、国別に各質問項目の単純集計が掲載されているので、それを利用することができる。それによると、「長くてあと5年しか勤務しない」人の比率は、IBMの場合、日本15%に対して、米国、カナダ、英国、アイルランド、タイ、シンガポール、香港、フィリピンの8カ国の国単位の平均で29%になる。比較のために、同様の計算を今回の調査データでもやってみると、日本とマレーシアを除いた8カ国の国単位の平均は62%になり、1970年前後のIBMの数字の約2倍になっていることがわかった。実際、日本国内とは異なり、日本企業の海外現地法人で定着率がなかなか上がらないことは悩みの種であり、この調査では、それと比べてIBMの現地法人の定着率の良さが際立つ結果となった。ここでマレーシアを除いて計算しているのは、もともと、Hofstede (1980)で分析対象となった40カ国の中にはマレーシアが含まれておらず、単純集計が不明なためである。ただし、Hofstede (1991)にはマレーシアのPDIやUAIなどの指標も計算されて載っている。つまり、この質問の答えだけで、UAIの得点差51(=79-28)ポイントのうち、実に36ポイントも説明できてしまうことになる。やはり、日本における企業、特に大企業の企業グループにおける終身コミットメントは、国際比較上、まだ特徴的な存在なのである。しかも、それは多国籍企業としての日本企業の企業文化的特徴というよりも、日本国内での特徴らしいことも分かった。以上の分析から、終身コミットメントは、日本国内の企業、特に大企業では一貫して観察されてきており、しかもそのことは日本国内ではある程度共通で、国際的に見ると特徴的であることがわかった。


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