『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』は「センスメーキングとは何か」という研究課題に答えようとした本ではない。邦訳第1章の章題が「センスメーキングとは何か」になっているので、ますます誤解を招くが、この章題の原題も実は “The nature of sensemaking” つまり「センスメーキングの性質」なのである。
意地悪な言い方をすれば、この本自体が、ワイクにとってのセンスメーキングの実践であり、関係のありそうな文献やら事例やらをどんどん引っ張ってきて結合した結果、こんな分かりにくく抽象的な本が出来上がってしまったと思われる。しかも、引っ張ってきたものは、どれもが我田引水的で、少しずれていて、引用元の文献を読んだことのある人にとっては、「そんな内容の論文(本)だったっけ?」と首をかしげたくなるような引用の仕方も多々見られるのである。とにかく分かりにくいのだ。
このように、もともと原典の書き方がよくないのだが、翻訳もよくない。「センスメーキング」などとカタカナのままにしておくから、何やらセンスメーキングが謎めいて、「日本語では何ていうんだろう」という疑問を最初に抱かせてしまうのだ。そうした先入観を持って、「センスメーキングって一体何なんだろう?」と思いながらこの本を読み進んでしまうと、その問いに対する答えはどこにも出てこないので、どんどんさっぱり分からなくなってしまうのである。この本でいう「センスメーキング」とは、文字通り、意味が分かり、訳が分かることである(高橋, 2012)。それ以上の含意があるわけではない。なので、「センスメーキング」とカタカナは用いず、「有意味化」と訳せば、その意味をこれ以上あれこれ詮索しないですむ。原典タイトルを素直に読めば、『組織の中の有意味化』は、その有意味化が、組織の中ではどのような性質をもち、どのようにして起き、どのような役割を果たしているのかを明らかにすることが研究課題の本なのである。そうやって素直に読めば、難解さはかなり軽減される。
この本は、明らかにワイクの前作『組織化の社会心理学』の中に登場した「イナクトメント」(enactment)を意識して書かれている。このイナクトメント自体がまた得体の知れない曲者だった。おそらく、日本だけではなく、欧米の研究者の間でも、イナクトメントの意味はあまり理解・共有されていないのではないかと思う。だからイナクトメントの解説が、どれもが本質的ではない淘汰の図かなんかでごまかされていて、イナクトメントとは何かについて、ズバッと解説されたものを見たことがない。経営学者の中には「これからの経営はイナクトメントが大事だよね」とか口にする者もいるが、そもそもそう口にしている段階で、イナクトメントを理解していないと告白しているようなものである。私に言わせれば、
イナクトメント=環境を意味ある世界に変えていくこと
である(ワイクはこんなにわかりやすく言っていない)。イナクトすることは「大事」なのではなく、どんな組織でも人が呼吸をするがごとく当たり前にしていることなのである。「これからはイナクトメントが大事だよね」って発言することは「今まで呼吸してなかったけど……」と言うくらいナンセンスな発言なのである。本書との関連を明確にする意味でも、イナクトメントは「環境有意味化」と訳していいのではないかと思う。そう。実は、イナクトメントは、本書第2章「有意味化の七つの特性」の3番目として「意味ある環境をイナクトする」(enactive of sensible environments)(p.30邦訳p.40)として登場する。つまり、イナクトメントは有意味化の一種で、環境の有意味化を指しているのである。
なお、この本は過去に2011年度、2016年度と2度ほど東京大学経済学部の学部ゼミで取り上げ、それぞれ詳細な要約を学生に作成してもらったので、より詳細に追いたい人は、それが参考になると思う。
2011年度学部ゼミ/課題・要約・参考文献
2016年度学部ゼミ/課題・要約・参考文献
高橋伸夫 (2012)「殻―(7) センスメーキング」『赤門マネジメント・レビュー』11(3), 145-172. ダウンロード