藤田英樹, 高橋伸夫 (2002) 「日本企業における終身コミットメント」『多変量解析実例ハンドブック』(ch.45: pp.482-493). 朝倉書店.


 ホフステッド(Geert Hofstede; 1928-)の『経営文化の国際比較』 (Culture's consequences) (Hofstede, 1980)は、多国籍企業における文化の国際比較を40ヶ国にわたって行なったという点で注目すべき研究である。しかし、指標の作成に因子分析を用いたという個人主義指標(individualism index; IDV)と男性らしさ指標(masculinity index; MAS)については、その算出方法が、事実上明らかにされてこなかった。この2指標の算出方法は、藤田(1999)によって初めて明らかにされた。それによれば、ホフステッドは「仕事の目標(work goals)」に関する14の質問における、国ごとの平均値をもとにして因子分析を行っている。

 ただし、そもそも因子分析をこのような指標を作る目的で使うこと自体に疑問がある。最初に因子分析を行った際のオリジナルのデータではうまくいったものが、別のデータではうまくいかないといった不安定さがあるからである。実際、ホフステッドは約10年後に続編を出版し(Hofstede, 1991, Fig.4.3)、1980年のオリジナルの40カ国に加えて、新たに13の国・地域の個人主義指標(IDV)と男性らしさ指標(MAS)を計算して、重ねてプロットしているが、これを新旧を区別して図示すると図1のようになり、新しく追加した13の国・地域は固まって分布する傾向のあることがすぐにわかる。因子分析におけるこうした不安定さは、データから計算される分散共分散行列(あるいは相関行列)をもとにして、非回転因子の初期解を推定することに起因している。分析に用いるデータが異なれば、その中の変数の分散・共分散や相関係数は異なるので、抽出される因子数や因子負荷量も当然変わってくる。ホフステッド自身も、ケース数が少なく、変数の数が多い場合には、因子が不安定になるので、一般には因子分析は勧められていないのだと認めている(Hofstede, 1991, pp.47-48)。しかし、自分の分析では個々のケースの値が、それ自体多数の観測値の平均だから、これには当てはまらないと自己弁護しているが、いかがなものか。因子分析そのものの対象は7万人分のデータではなく、高々40ヶ国のデータなのである。ケース数は7万ではなく40に過ぎない。そのケース数わずかに40のデータで、14もの変数を使って因子分析を行っているという危険性を認識する必要がある。最初のデータに対する因子分析の結果として得られた因子得点係数を固定して指標を作り、それをくり返し調査で得られた新たなデータに用いて比較を行うことには、懐疑的にならざるをえない。


図1. 追加されたデータが固まって分布する傾向
(出所) 藤田, 高橋(2002) p.488, 図1。Hofstede (1991)のFigure 4.3を元に、因子分析に使われたHofstede (1980)当初の40カ国と、その際の因子得点係数を使って新たに計算された13の国・地域とを区別してプロットしたもの。


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