Hatch, M. J., & Schultz, M. (2002). The dynamics of organizational identity. Human Relations, 55(8), 989-1018. ★★★

 組織アイデンティティと組織イメージをつなぐ過程:
【刻印 impressing】アイデンティティ→イメージ
【鏡映 mirroring】イメージ→アイデンティティ
については、これまでも研究があったが、この論文では、組織アイデンティティと組織文化をつなぐ過程:
【省察 reflecting】アイデンティティ→文化
【発現 expressing】文化→アイデンティティ
を提案している。組織イメージが組織アイデンティティの外的定義であるのに対して、この論文での組織文化は組織アイデンティティの内的定義と考えられている(p.991)。

 組織アイデンティティの内的定義として機能する組織文化は、世間で多様な論者が多様に語っている組織文化とは、ある程度別物だと考えないと、この論文は理解が難しくなる。実際、文化は、@意識下で暗黙的で、A深層にあって、B反応を形にするもの(p.996)とされている。いわば、遺伝子に相当するような概念なのである。一般に、遺伝子が機能を表すこと、遺伝子が観察できる形質として現れることを発現と呼んでいるので、ここではexpressingを「発現」と訳している。

 また、reflectingを「省察」(「せいさつ」または「しょうさつ」と読む)と訳したのは、この論文の約20年前に、組織学習論で有名なショーンが書いた『省察的実践とは何か』(Schon, 1983)というプロフェッショナル論の分野で有名な本があり、その原点は、この論文で何度も引用されているデューイ(John Dewey)が、さらにその50年も前の1933年に「その人の信念の根拠を評価すること」と定義したものにまでさかのぼるといわれるからである(ショーン(2007)の「はじめに」の訳注5, p.v)。この定義は、この論文のreflectingそのものである。

 この論文では、この4過程からなるモデルを組織アイデンティティの力学モデル(dynamics model)と呼んで、Figure 1 (p.991)で図示している。その上で、 (i) 刻印や鏡映が働かなければナルシシズム(Narcissism)、(ii) 省察や発現が働かなければ過剰適応(hyper-adaptation)に陥ると、機能不全(dysfunction)の可能性を指摘する。

 ただし、(i)をナルシシズムと呼ぶのは、やめた方がいい。ナルシシズムは、美少年ナルキッソスが水たまりに映った自分の姿に恋し、やがて水仙(narcissus)の花になってしまったというギリシャ神話に語源があるので、その行動は、むしろ、鏡ばかり見ていて自分(文化)を失うという(ii)に近いからである。この論文を読まずにナルシシズムの語源だけは知っている人は、誤解するに違いない。ナルシシズムよりは、(i)を自前主義あるいはNIH症候群(Katz & Allen, 1982)と呼んだ方が無難である。


《参考文献》

Katz, R., & Allen, T. J. (1982). Investigating the Not Invented Here (NIH) syndrome: A look at the performance, tenure, and communication patterns of 50 R & D project groups. R & D Management, 12(1), 7-19. ★★★

Schon, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. New York, NY: Basic Books. 邦訳, ドナルド・A・ショーン(2007)『省察的実践とは何か: プロフェッショナルの行為と思考』(柳沢昌一, 三輪建二 訳). 鳳書房.


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