Szulanski, G. (1996). Exploring internal stickiness: Impediments to the transfer of best practice within the firm. Strategic Management Journal, 17(S2), 27-43. ★★★

【以下は、高橋他(2009) pp.65-66からの抜粋です】

 情報の移転の難易度によって開発スピードを説明する方法も考えられる。その際に、これまで一番有望とされてきたのが、情報粘着性の概念である。「情報粘着性」(information stickiness) とは、企業の問題解決活動における情報の移転の難しさに関わる概念で、von Hippel (1994) によって提唱された。情報粘着性が高くなるほど情報の移転が難しくなり、情報粘着性が低くなるほど移転は容易になるとされる (椙山, 2000b)。von Hippel (1994)の考えでは、@たとえば情報がノウハウのような暗黙知の場合には情報粘着性は高くなるが、設計図やマニュアルなどの移転できる形にあらかじめ形式知化されている場合には、情報粘着性は低くなる。また同時に、Aもともと大きなシステムの一部を構成している情報を移転先で期待通りに機能させるには、チューニングをする必要があり、それには余計な費用がかかることになる。

 企業内でのベスト・プラクティスの移転を研究したSzulanski (1996) は、このうち@については、ベスト・プラクティスの存在を仮定することで、形式知化が既に行なわれているという前提で議論を単純化し、その上でAについて、そのベスト・プラクティスのbase caseに対して、移転前のパフォーマンスを出すために行なわなくてはならないチューニングの手間をeventfulnessすなわち「移転の間に経験された問題のある状況の程度」(p.30) と呼んだ。つまり、「移植性」(portability) をeventfulnessとして測定できる可能性を示唆したのである(若林・大木, 2009)。

 実際、ソフトウェアの世界では、移植性は移植コストによって測定可能で、現在、比較的よく使われているBasic COCOMOもそのツールの一つである。ここで COCOMO (COnstructive COst MOdel) とは、Boehm (1981) がソフトウェア開発に要する工数や費用、期間を推定するために開発したモデルである。Boehm自身がその後数回の改訂を行っているために、1981年のオリジナル・モデルは “Basic COCOMO” と呼ばれるようになったが、単純で使い勝手もいいので、現在でも一般的に使われている。Basic COCOMOは、プログラム・ソースコード(コメント行などは含まない)の物理行数 SLOC (Source Lines of Code)と、ソフトウェア開発に要した工数や期間、費用との関係を示したモデルで、たとえば、SLOC から開発作業量 E (人月単位) を求める計算式

Ea SLOCb

などがよく使われる。ここでの SLOC は1000行単位(いわゆるKSLOC)である。Boehm は COCOMO 開発当時、ある米軍需産業において空軍関係の多数のプログラム開発プロジェクトを統括する立場にあり、そのデータから得られた回帰係数の値は、a=2.4、b=1.05であった。当然のことながら、プログラムによって開発の難易度は異なるし、プログラマの生産性にも大きな個人差があるのだが、仮に、a=2.4、b=1.05 で2000行のプログラムだったとすると、E は4.97人月、すなわち、平均的な難度の2000行のプログラムを書くには、平均的なプログラマ1人の5ヶ月分の作業量を要することになる。この開発作業量 E を求める計算式を使って、ソフトウェアの移植性・移植コストを測定することができる。


《参考文献》

高橋伸夫・大川洋史・八田真行・稲水伸行・大神正道 (2009)「技術進化とコミュニティの文化変容モデル」 『経済学論集』75(3), 63-78. 東京大学経済学会. ダウンロード

【解説】若林隆久・大木清弘 (2009)「知識の移転:粘着性の測定―経営学輪講 Szulanski (1996)」『赤門マネジメント・レビュー』8(4), 169-180. PDF


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