Abegglen, J. C. (1958). The Japanese factory: Aspects of its social organization. Glencoe, IL: Free Press.
邦訳, J.アベグレン (1958)『日本の経営』(占部都美 監訳). ダイヤモンド社.

Abegglen, J. C. (1973). Management and worker: The Japanese solution. Tokyo, Japan: Sophia University in cooperation with Kodansha International.
邦訳, J. C.アベグレン (1974)『日本の経営から何を学ぶか: 新版日本の経営』(占部都美 監訳, 森義昭 共訳). ダイヤモンド社.


 日本的経営を世界に紹介したのがアベグレン(James C. Abegglen)の『日本の経営』(Abegglen, 1958)である。原題は The Japanese factory つまり『日本の工場』だった。その原題が示す通り、アベグレンは1955年から1956年にかけて日本の19の大工場と34の小工場を訪問調査し、その結果をもとにして『日本の経営』を著した。日本的経営に関する海外の文献でこの本を引用しないものはほとんどないというほどの記念碑的業績になった。

 アベグレンは、米国の工場との決定的な違いとして、日本で見られる終身コミットメント(lifetime commitment)に着目する。これは、日本の工場では、雇い主は従業員の解雇や一時解雇をしようとしないし、また従業員も辞めようとしないということを指している。日本企業の実態から考えても、終身雇用というよりもこちらの方が正確だと思われるが、アベグレンによれば、米国の会社では、逆に高い移動率は望ましいものと考えられていたというのである。

 ただし、終身コミットメントがあると、そのままでは日本の工場では、景気変動や需要変動に適応できなくなってしまうので、環境の経済的・技術的変化に対する緩衝化が必要になる。そこで、日本の工場では、現在でも広く観察される次の二つの方法が既にとられていたという。

  1. 終身的な正規の従業員の他に臨時工員を利用する。
  2. 大工場に結合した形で、かなりの子会社、関係会社をもち、下請けが行われている。下請けは時には親会社の工場内で行われている。

 どちらも現在でも使われている方法である(高橋,2000)。いずれにせよ、アベグレンは、終身コミットメントは、求人や採用の制度、動機づけと報酬の制度との間に相互に密接な関係をもっており、まさに日本の工場組織全体の基本的な部分をなしていると指摘する(Abegglen, 1958, ch.2)。そのことをアベグレンの著書にしたがって、順に整理しておこう。

  1. 採用時の選考……終身的であれば、採用時の選考の失敗はなかなか正せないし犠牲も伴うので、注意深く選考が行われる(Abegglen, 1958, ch.3)。
  2. 給与制度と動機づけ……いくつかの工場での例を挙げて、職員と工員では賃金体系が違うものの、工員に対する生産性手当は、通常は生産高が標準生産高基準を超えているために、実質的には恒常的かつ安定的に支払われていることを指摘する。つまり制度ではなく、実際の運用で、給与は主として年齢と教育程度の関数である基本給によって決まるというのである。いわゆる年功賃金のことである。そして、賞与もそれを当てにして従業員が生活水準を考えられるほどに定期的な賃金制度となっているが、この賞与のおかげで、経営者は基本的な賃金制度を改めることなしに、報酬に対する組合の要求に応えることができることも指摘している。福利厚生費は直接労務費総額に対して20%の付加分をなしている工場もあったという。米国では、現金支払賃金は報酬のはるかに大部分を占めていて、従業員が会社に対する自分の価値や自分の職務に対する成功度を評価するのに用いられ、生活水準や健康水準は個人の責任の問題となっているが、それと対比される(Abegglen, 1958, ch.4)。
  3. 階層・キャリア・組織……日本の工場の管理組織は公式的には精巧であるが、機能的には不明瞭で、粗雑にしか定義されていない。決定に際して、直接にその個人的責任を負う危険にあえて一個人をさらすことをせず、能率を犠牲にしてでも会社内の人間関係を維持しようとする。また、通常、共通の大学の経験と背景を基礎にして、大会社にははっきりとした閥が作られており、それは昇進と成功に対して非公式にではあるが、非常に重要な役割を果たす。訓練は主としてOJT (on-the-job training)であり、先輩や上司から学ぶことを意味している。こうして従業員と上司との密接な関係を促進することで、本質的に家父長的関係で従業員を会社に結び付けるきずなを強めているとされる(Abegglen, 1958, ch.5)。
  4. 従業員にとっての工場……実際、「良い職長は、父親が自分の子供を見るように、自分の工員を見る」という所見にすべてのグループから強い同意が得られた。米国の大企業の比較的非人格的かつ合理化された生産方式・組織的制度と比較すると、日本の工場は家族的であるように思われる(Abegglen, 1958, ch.6)。

 しかし、こうした日本の工場に対するアベグレンの評価は、特に生産性に関しては否定的であった。第7章「日本の工場における生産性」(Abegglen, 1958, ch.7)では、生産性に関連して、終身雇用や年功賃金に対する否定的な見解が述べられていた。すなわち、日本の工場の生産性は、それと同等の米国の工場の50%もなく、多くは20%程度しかない。それは日本企業が終身的であるために、規模と費用の点で固定した非常に大きな労働力を維持しなければならないためである。非能率的な従業員を会社から除くことは非常に困難で、管理階層または現場で不適当と証明された人達のために害のない地位を見つけだすことになる。少なくとも欧米流の着実かつ効果的な生産に対するおもなインセンティブは取り去られている。また、生産における誤りや失敗の責任を特定の個人に帰することを習慣的に回避するために、米国では考えられないような品質管理上の問題が発生しているというのである。しかし、こうした生産性に関する見解は、15年後の1973年に出版された新版(Abegglen, 1973)では、章ごと完全に削除されることになる。そして評価は180度転換するのである。


 1960年代の日本経済の高度成長期を経て、1970年代になると、欧米の学者によって「日本的経営」の見直しが行われるようになった。つまり、日本企業の経営スタイルにも積極的に評価すべきところがあるというのである。それまでの日本的経営に関する否定的評価が肯定的評価に変わったターニング・ポイントともいえる論文がドラッカー(Drucker, 1971)によって発表されたのが1971年だった。翌1972年に出版された経済協力開発機構(OECD; Organisation for Economic Co-operation and Development)の『OECD対日労働報告書』(経済協力開発機構, 1972)の「序」では、時の労働事務次官、松永正男は終身雇用、年功賃金、企業別組合を日本的労使関係の「三種の神器」とまで呼んだ。

 そして1973年に、アベグレンが1958年の『日本の経営』(Abegglen, 1958)の新版として『日本の経営から何を学ぶか』(Management and worker) (Abegglen, 1973)を出版する。旧版を第2部とした3部構成に変えているが、その際、旧版で終身雇用や年功賃金に対して否定的な評価を与えていた第7章「日本の工場における生産性」については、これを章ごと完全に削除してしまった。その上で、新たに付加した第1部「70年代における日本の終身雇用制」では、「日本の終身雇用制が非常に大きな強みをもっているにもかかわらず、それは非能率的であり、実際にはうまく働かないと西欧では一般的に見られている」ために西欧中心主義に陥りやすいのだと、『日本の経営』とは真逆の評価を高らかに宣言する。そして、日本の終身雇用制の強みとして、次のような点を挙げたのである。

  1. 年功賃金であるために、学卒者を多数採用する成長企業は人件費を引き下げると同時に最新の技術教育を受けた人材を確保できる。
  2. 終身雇用のため、学卒者は慎重に成長企業を選択するというように、成長企業には有利なシステムになっている。
  3. 終身雇用と企業別組合のおかげで、日本企業は労使関係に破滅的なダメージを与えることなく、企業内の配置転換によって、急速に技術革新を導入できた。



初版では、なんと著者名 "James C.Abegglen" が "James G.Abegglen" と下線部が間違っていた。第7章と第8章のタイトルも入れ替わっていた。



表紙カバーには、"The expanded and updated edition of The Japanese Factory" (『日本の経営』の拡張・最新版)とはっきり書いてある。


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